忘れない手帖

個人的に忘れてしまいそうなことを綴る

帯状疱疹TIPS(温めると早く治る?)

前回の記事、帯状疱疹(前兆から診断まで)はこちら。
bjournal.hatenablog.com

(発症から6日後)
7月20日(金)
診察の翌日、処方から2日後。
もともと飲み会を予定していたので、山ちゃんに集合し職場の悩みなどを話し気分良く飲む(ほんとは飲んじゃだめ)。しかし痒いのは四六時中でやっぱりどこかで気になる感覚。帯状疱疹パイセンに話を聞くと、大体みな「治るのに3週間はかかるよ」という話をするので全部終わるのに結構な時間を要するのだなーとまあまあ憂鬱になり帰宅。

昨日は寝ようとするものの帯状疱疹の痒みが増し、関節痛も増し増しで眠れず。処方されたロキソニンを飲んで、どうしたもんかなーと検索してみると「温めると痛みが緩和」という記事が多かったので、家にあるジェルカイロを温め痛いところにつけてみると、

確かに痒く(痛く)ない!!!!

眠れる!

そして、ヘルペスウィルスは40℃以上で死ぬ(根拠不明)という記述を読み、なんか期待できそうと思いながら就寝。


翌朝、患部に塗り薬を塗る時も全然滲みず、腫れも治まっている!!

ジェルカイロのおかげかもしれません。
引き続き温め療法と、薬の服用で様子見したいと思います。
このまま土日は安静にして過ごしたいと思います。

なんだかんだ言っても休養が一番です。

帯状疱疹(前兆から診断まで)

ストレスを感じていなかったけど確かにお仕事が忙しく、朝7時半には職場入り、20時過ぎに退社するという生活を送っており、そこへきて猛暑ということで疲れていたかもしれません。

そもそもあれが始まりだったのかもしれません。

7月 8日(日) スポーツジムに行くも足のむくみが取れず、近々マッサージに行こうと決意する。

この間倦怠感がすごい

7月13日(金) 
流石に疲れピークで午後休みを取って帰宅すると、家に着くなり猛烈な偏頭痛でしまいには夜中に嘔吐。

7月14日(土) 
一日中偏頭痛で寝込む。

7月15日(日) 
復活して家事をしてスポーツジムに行く。夜寝るときに、左の足の付根が痛いと気づく。この時点では、ジムで走り込み過ぎたと思ってた。また、腰の上に虫刺されのような湿疹ができているのを発見する。かゆい。

7月16日(月)
海の日。虫刺されの薬を湿疹に塗るも良くなっている気配がない。

7月17日(火)
7時30分出社。朝からバリバリ仕事をするし会議にも出る。腰の湿疹には虫刺され薬を塗って絆創膏を貼っている。かゆいなあと思いながらも20時30分まで仕事する。

7月18日(水)
7時30分出社。夕方の会議までに資料をまとめる。締め切りに間に合わせる。帰宅が21時。明らかに湿疹が厚みと熱を持っている。この頃から、左の脚の付け根もはっきりと痛くなり膨らんでいる、他にも脚のリンパに沿って痛む。ようやくやばいなと思い、症状検索して鼠径ヘルニア(脱腸)かなと疑う。同時に、湿疹の様子とリンパの関係性も疑いはじめ、自分の湿疹を画像検索で探す、帯状疱疹?と思う。

7月19日(木)午前中職権乱用しながら皮膚科にかかる、医師一瞥で「帯状疱疹だね」と診断する。「帯状疱疹こんな病気」という冊子をもらうも、ネットで読んでた。飲み薬と軟膏を処方される。軟膏は塗ると悶絶するくらい滲みる。思わず歩き回る。薬は昼から2食分飲んでいまここです。薬が効き始めるのは2日後だよと言われたので、湿疹はまだ少し広がるとのことでした。

私の場合前兆として、全身の倦怠感と脚のむくみ、頭痛、嘔吐がありましたが、冊子にも似たような症状が書いてありました。
もし疲れたなーって時に湿疹ができましたら帯状疱疹を疑ってみてください。

         
         

自分の人事評価がまるわかり

課長になって元上司からサーバーにあるファイルを引き継いだところ、自分の人事考課がそのまま保存してあり、元上司の間抜けさが改めて露呈するとともに、一体どんな評価がつけられてきたのか読んでみた。もちろん、自分の評価だし、現在それを閲覧する立場にあるので問題ない。

私が今の部署に配属されてから2年目(今から5年前)の記録から保存されてた。
A〜Eの5段階。

5年前 上期B 下期C

この頃は、上期:広い視野を持ち企画力はあるがケアレスミスが多いとコメントされている。下期:必死さが足りない、業務について期限を守り取り組むことができていないとある。この時、私に与えられていた仕事は今現在派遣さんがやっている、文房具の発注、作業服の発注、人事情報の活用方法チームである。これをどう工夫して良くしたらいいのか未だに分からない。C評価のため賞与が下がりかつ全社員に出るはずの報奨金も出ずなぜですかと上司に事情聴取すると、隣の課の男とチームを組まされていた人事情報の活用について、男が全く仕事をしなかったのにも関わらず私が仕事を全くしないというメールを男が上司に送っているということが発覚。この下期のC評価が覆ることもなく、単純にその男のメールを信じた上司とその男をいつか奈落に突き落としてやると誓いそのままで半年以上煮えたぎる思い出仕事をしてた。ちなみにこのチームはそれきり解消された。もともと誰とも合わない男だったし口も聞きたくなかったのでちょうどよかった。
ここで仕事があまりにも面白くないのでそのまた上司の部長に、大学に行き直す宣言をし、本当に大学に編入した。ここから学業と仕事の両立が始まる。

4年前 上期B 下期B 

この時の上司コメント、上期:当社社員には稀な企画力やアイディアの提案力がある。新しい取り組みについても臆せず取り組むとある。下期:引き継ぎを受け健康管理や勤怠管理についての取り組みを積極的に社内へ展開したことは評価するとある。引き続き煮えたぎる思いで仕事をした結果、不要な不動産をいくつか売り払うという提案をし販管費を大幅に削減したのが評価されB評価に戻る。しかし、B評価に戻るも一旦C評価をいただいたため連続Bとは違い若干賞与も当初水準に戻らず改めて上司に「もとに戻んないじゃねーかよどーしてくれるんだよ」と悪態を本気でついてた。そんな時遠く離れた同期は相変わらずA評価をもらい、賞与額はどんどん離れていき、もうどうしたらいいのか分からないながらも異動により衛生面での仕事を与えられたことによりちょっと仕事自体がおもしろくなってきて、全社に向けて発信するような仕事をすることになっていく。
大学に入り直してから急に仕事も忙しくなる。

3年前 上期B 下期B

この時の上司コメントは上期下期ともに他者への良い影響力を持つ稀有な存在と書かれている。ここで憎たらしいアホ上司が異動になる。この異動の連絡を受けた夜、友達に会って本気で嬉し泣きをしたのを覚えている。ほんとに嬉しかった。このアホ上司がいなかったら仕事はもっと楽しいと思ってた。そして課全体からも嫌われていたのでみんなでの送別会はそりゃー盛大にお祝いした。
入り直した大学も卒業し、次の美大に編入、この会社にいる間は大学と二足のわらじを履き続けると決める。

2年前 上期B 下期B

新しい上司がやってきて見た目がナイス・ガイだったこと、以前経理でお世話になったことがありその時の一瞬の印象が良かったのもあり、みんなも良い人がやってきた!と喜ぶ。が、3ヶ月もするとあれ?様子がおかしいぞと気づく。そう、この上司は本当に仕事をしないクソ野郎だったのだ。。。。女好きというのもあり、ヘタレだったのもあり、従来からの評価を覆すこともできず、上期下期がBなのはたいして考えて評価していないからであろう。産前産後で半年以上取った同僚がA評価で、毎日通ってた私がBというのにも納得できずヤケクソになる。新しい上司は本人もちょろいので休みもバンバン取りやすかったというのもあり、美大の実習は平日休めて通いやすかった。

1年前 上期B 下期B

上司コメント:マネジャー昇格を見据えた若年層への指導を評価するとある。バーカバーカ、課長のお前がまったく面倒みないからだろと思う。
そう、このブログにも書いたクソ上司が来年はマネジャーに昇格だよと言いながらもすぐさま却下を受けた悪夢の年。ほんとうに意味がわからなかった年。課長自身が自滅して大変だった年。そしてこの年にマネジャーになれなかったら来年課長以上に昇格していなかったら会社を辞めようと決めていた。12月頃から転職活動をしようと決めて内定までもらったけど、年度ギリギリにマネジャーに昇格し、役職を拝命した年。

結局わたしは一回もA評価は取れてないってことがわかった。
これって結構くやしいよ。

昇格しなかった去年3月から1年後の現在

昇格するって言われたあと一ヶ月後にやっぱり昇格なしって言われた1年前の日記
bjournal.hatenablog.com

私は何も頼んでいないのに、「4月から昇格するからね」と告げられ、その1ヶ月後に「やっぱり昇格しない」と言われた1年前、よっぽど頭に来ていたらしく、ブログを立ち上げて忘れないようにしようと誓ったのだ。

その1年後の現在、
くしくも同じタイミングで日記を書いているのだけど、昨日昇格する連絡が内密にあり、去年と違うところは更に管理職にもつかせてやるぞという内容だったこと。

しかし、自分のやりたい仕事をやろうということで1月くらいから転職活動を本格的に行っていてほぼほぼ条件提示を待つところまで来ている会社が2社あるわけで、なんというか、あれだけ熱心にアプローチしていたのに振り向いてくれない女の子を諦めたらとたんに向こうからアピールしてきたみたいな展開になっている(私は女だけども)。

礼儀として条件提示を待っている企業様にはちゃんと丁寧にお詫び対応したい。

今回は上司からでなくトップから正式に昇進の話があったのでしばらくは管理職の経歴を作ることを目標に今の会社で踏ん張ってみようと思う。昇進とか言いながら今までやったことない業務の部署を担当するのでほんとにしんどいのには変わらないんだけど、上の方がそれを承知で言ってきているのでトライすること自体に意味があると思うことにする。

これから2年くらいは死ぬと思う。

抱負から1ヶ月後

2018年の抱負を以前書いたけれどどれくらい何が続いているか確認してみる。

抱負を書いた記事はこちら↓
bjournal.hatenablog.com

できていないこと

・5キロ痩せる、ジムに通う 
 →すごい食べちゃってる、いろいろな事が上手く行ってなさすぎて食べてる
統計学を修める
 →そんな時間なかった
・23時30分には寝る、5時30分には起きる
 →あー全くできてない。日中できてないことを夜にまわして悪循環中

できていること
・周囲の人に優しくする(特に家族)/挨拶をする、ありがとうを言う 
 →メンタルコンディションが悪い割にはコントロールできていると思う
・無駄な付き合いはしない、気が進まない人と一緒にいない、無礼な人には対応しない
 →頑張って飲み会を断っているし、幹事を若い人に振ることもできた
TOEIC850点 毎日英語を勉強する
 →毎日通勤中もお昼休みも単語の勉強を欠かさずやっている、ただ眠くなる、試験は3月11日に申し込んである
・条件の良い、後ろ向きでない転職 ※転職するまで現在の仕事の手は抜かない
 →まあまあ応募して、面接に進んだりしているけど進度が遅い、6つ応募5つ書類通過3つ1次面接調整中2つ2次面接準備中

できないことを毎日始めなくちゃって思ってはおります。

痒かった右のシミ照射後

12月に書いた両こめかみのシミをレーザー照射した後1年後の日記の時に、右の照射後はうっすらピンク色をしていたとなっていた件(長い)、その後1ヶ月後の現在はどうなったかというと、


肌色になりました!!!!!


もともとシミではなく痒くてかいてしまっていて色がついて見えたっぽいです。
はじめっからクリニックでいただいていた軟膏をぬっていればこんなに時間かかんなかったなと後悔しきりです。
というわけで、すっぴんでもシミのない肌をキープ中。

もし、どこのクリニックにかかったのか聞きたいという方がいらしたら何かしらアクションをお願いします。
友達にも勧めていて友達も結果が出ているのでいいところなんだなーと思ってます。

2018年 TO DO

  • 条件の良い、後ろ向きでない転職 ※転職するまで現在の仕事の手は抜かない
  • TOEIC850点 英語を毎日やる
  • 5キロ痩せる、ジムに通う
  • 周囲の人に優しくする(特に家族)
  • 挨拶をする、ありがとうを言う
  • 無駄な付き合いはしない、気が進まない人と一緒にいない、無礼な人には対応しない
  • 23時30分には寝る、5時30分には起きる